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園長からのおたより

平成22年度

2月のおたより


園庭で子どもたちと遊んでいたある日のこと。一人の子どもが尋ねて来ました。
「なぜ、神さまは目に見えないの?」時々子どもたちは、いきなりこんな質問をします。咄嗟に私は答えました。「大切なものは目に見えなんだよ。君には心があるでしょう。でも心は目に見えないでしょう。神さまは、最も大切な方だから目に見えなんだよ。」彼は、「ふ〜ん」と言って立ち去って行きました。この答えでよかったかどうか分かりません。彼の心にどんなことが刻まれたのか、あとは神様に任せます。子どもたちは哲学者だ、と誰かが言っていました。時折そう思います。「なぜ?」「何のために?」「どうして?」 子どもたちの素朴な疑問に正面から向き合うためには、私たちが新鮮な驚きや感動を忘れないようにしたいと思います。よく注意していれば、日々の小さな出来事の中にたくさんの発見や気づきがあるのかもしれません。そのような柔軟な精神を大切にしていきましょう。
              園長 森山 信三

1月のおたより



 皆様、新年あけましておめでとうございます。今年もまた新たな気持ちで子どもたちとともに歩んでいきたいと存じます。
 さて、1週間ほど前から某新聞では「孤族」というテーマで連載されています。記者は言います。「社会のかたちが変わっている。恐るべき勢いで。家族というとき、思い浮かべるのは、どんな姿だろう。父親母親に子ども2人の標準世帯か、それとも夫婦だけの世帯だろうか。今それに迫るほど急増しているのが、たった一人の世帯だ。普通の家族という表現が成り立たない時代を私たちは今生きている」と。こうして「孤族」ということについて論じています。このような時代の中にあって、私たちは家族というもののあり方、そしてその絆の大切さについて深く考える必要があるでしょう。社会の最小単位である家庭の中にあふれる愛と思いやり、配慮このようなことが日本という国を造ると言っても過言ではないと思います。
 新年にあたって、私たちの家庭、園から愛し愛されることの喜びを発信する一年になることを願っています。

                    園長 森山信三 

12月のおたより


師走に入ると、日本中の街角では、クリスマスに向けてイルミネーションや、様々な装飾が私たちの眼を楽しませてくれます。しかし、聖書に記されているクリスマス、すなわち主キリストの降誕には、華やかな雰囲気はありません。むしろ、Silent Night と言われるようにひっそりと、人知れず、この時を迎えました。キリストの誕生の時、それを祝うべく訪れたのは、羊飼いや数名の星の研究をする学者たちだけでした。幼な子キリストは、母マリアの胸に抱かれて、すやすやと眠っておられます。やがて来る救い主という大きな使命をお受けになることもご存じないかのごとく。政治、経済、金融等、私たちの社会はめまぐるしく変動し、ゆっくりと自らを省みるとか、様々な現象や、自分のまわりで起こっていることを少し身を引いて見つめてみるとか、そんなゆとりがなくなってしまいました。しかし、無為に思える時間、あるいは無駄だと言われかねない時間、そんな時間はむしろ、人間にとって必要なのかもしれません。なぜなら、そのような時間は、新たな気づきを与えてくれることが多いからです。1年で最も忙しいといわれるこの時、大切なご家族ととともに語り合い、祈り、分かち合う時間を大切にし、幼な子イエス様を迎えましょう。この1年、保護者の皆様からいただきました暖かい言葉、ご理解、ご協力に心より感謝し、来るべき年が、また新たな飛躍の年になりますよう、お祈り申し上げます。
                      園長 森山 信三

11月のおたより


先月は、2つの大きなニュースがありました。一つは、日本人のノーベル賞受賞、そしてもう一つは、地下700メートルからの帰還のニュースです。事故が起こった当初、33名の作業員は、暗闇の中で、助けが来てくれるかどうかも分からない状況の中で、2週間以上も、絶望的な日々を送りました。そんな中でも、希望を失わず、秩序を保ち、規則正しい生活を送ることにより、じっと救助を待ち続けました。多くの人がクリスチャンだったのでしょう。日課の中に祈りが組み込まれていたと報道されました。当初は、食料や水もほとんどなく、救助されるかどうかも分からない中、どれほど不安な毎日だったことでしょう。彼らに生きる力を与えたのは、33人が互いに助け合い、励まし合い苦難をともにしてきた者同士の友情や信頼関係、そして信仰だったのではないかと思います。聖書に「気を落とさず、絶えず祈り続けるべきこと」が述べられています。「叶う」という字は、口編に十と書きます。口元に10本の指をそろえて祈りを捧げるとき、叶えられると言います。子どもたちに祈りの大切さを伝えるために私たちもまず、願いのみならず、感謝の祈りを大切にしたいものです。                               園長 森山 信三

10月のおたより

今夏は、厳しい暑さが続きましたが、9月に入ってもなかなか秋らしくならず、日中はかなり高温状態になる中、子どもたちは汗だくになりながら元気に運動会の練習に励んできました。練習を重ねるにつれ、日毎にたくましくなっていく子どもたちの姿は、本当に輝いて見えます。先日の宗教では、「あなたがたは世の光である。あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい」(マタイ5章)という聖句を選びました。自分たちの立派な姿を大好きなご両親やご家族の方々、そして何よりも神様に見ていただくため、彼らは頑張っています。子どもたちの生き生きとした姿は何よりも私たちの宝です。子どもは、この社会の闇、人の心の闇を明るく照らす力を持っていると思います。子どもは、時として私たち大人が忘れかけているものに気づかせてくれます。まさに聖書に「人は神の姿に似せて創られた」とある通り、私たち人間には、神さまの尊い何らかのかけら、片鱗を皆持って生まれるのです。子どもたちの中に輝いている神からの光を曇らせることのないように励んでいきたいと思います。       園長 森山 信三

9月のおたより

真っ黒に日焼けした子どもたちの元気な姿が、園庭に戻ってきました。とても暑かった今年の夏。どのようにお過ごしになられたでしょうか。ご家族の皆様とともに過ごした忘れられない思い出が、子どもたちの心の中にぎっしりとつまっていることを願います。
 さて、子どもの成長は本当に早いと感じますが、夏休みを終えた彼らも、一回り大きくなったな、といつも感じます。たったの1ヵ月半程度ですが、本当にそう感じます。見たこと、聞いたこと、感じたことなどをスポンジのように吸収していく子どもたちにとって、1日は、私たち大人の1日と比べものにならないほど密度が濃いのでしょう。私たち大人は「そんなことは知っている、当然だ、当たり前だ」で済ましてしまいがちですが、子どもたちにとっては、触れる一つ一つが新しく新鮮なのだと思います。であれば、私たちも彼らのような感性を大切にしながら、日々を歩みたいものです。
 2学期です。運動会をはじめ、様々な行事を通して、子どもたちがまた大きく成長してくれることを願います。 園長 森山 信三

もうすぐ夏休み

いよいよ夏休みです。最近の電子メディアの進歩には本当にめざましいものがあります。I-pad や3Dなど次から次に新しい商品が登場します。
 先日、ある研修会で脳について興味深い話しを伺いました。それは、人間の脳の感情をコントロールする部分が、パソコン上でゲームをするときには変化はない。ところが同じゲームを人間相手でしたときには、脳のその部分は大きく動くということでした。ここから分かることは、私たち人間は、人との関わりのなかで自分の感情を表現したり、あるいはセーブすることを覚え、健全な人格を育んでいくのであって、決して機械では育たないということです。しかしながら現代では、多くの子どもたちは、人が相手ではないゲームやコンピューターで育っています。ですから感情を制御する脳のある部分が健全に育たず、いわゆるキレル子どもたちを生むというわけです。
 夏休み、TVゲームなどする時間も与えてよいと思いますが、ご両親と決めたルールのもとにゲームをさせるようにしましょう。そして何より、自然にたくさん触れて、自然から多くの気づきや学びの機会を与えてあげてください。
 2学期、また元気な真っ黒に日焼けしたお子様の顔を見ることを楽しみにしています。
                                         園長 森山 信三

7月のおたより


先日子どもたちが植えた朝顔があっという間に蔓を伸ばし、成長しています。ある日、一人の子が、何かつぶやきながら水をあげています。「何て言ってたの?」「うん、早く大きくなれって」という答え。とても微笑ましく思いました。教師が植えたものであれば、水やりもどこか義務的なところがあります。しかし、自分で植えたものには特別の愛着があります。「星の王子さま」の中の有名な言葉に「大切なものは目に見えない。心の目で見ないとね」というくだりがあります。この言葉はキツネが王子さまに言った言葉ですが、それはある秘密を打ち明けるという形で述べられました。その秘密とは王子さまが、自分で水をあげたこと、すなわち時間と労力を使ったがゆえに、たった一輪のバラが王子さまにとってかけがえのないものになったということです。深い愛情や信頼で結ばれた絆は、簡単に切れることはありませんし、たとえ一時的に切れたような状況があってもそれはより深く結ばれるためのステップともなり得ます。子どもたちが目に見えるものを通して、目に見えない部分に心を寄せることの出来る感性が育まれることを願います。
                                 園長 森山 信三

6月のおたより
 今年はマザー・テレサ生誕100周年ということで、教会外でも映画や写真展など様々な企画がなされています。先日もあるデパートで開催された写真展に足を運びました。多くの方々が熱心にマザーの写真の数々に見入っておられました。
マザー・テレサは生前「この世で最も不幸なことは誰からも必要とされていないこと、すなわち、孤独で、誰からも愛されていない、必要とされていないと感じること、このような人は何もインドのコルカタばかりではなく、日本にも数多くおられるはずです。まず、皆さんの家庭から始めてください。愛は家庭から始まります」と繰り返し述べておられました。
私たちは思うようにならないとき不機嫌になり、時として誰かにその責任を負わせたりするものです。しかし、家庭から始まって周囲の人々に幸せをもたらすためにはまず、私たちの心の平安が求められます。笑顔で周りの人々に真の喜び、真の幸せ、平和を運ぶ人となりたいものですね。 
    園長 森山 信三
5月のおたより

教会のカレンダーでは、復活祭(イースター)を終えると、新緑の香る5月、「聖母月」となります。5月は、聖母マリアに捧げられる月です。子どもたちは登園してくると、マリア様に「今日も一日お守りください」と言って祈ります。カトリック教会でマリア様が特別に崇敬されるのは、聖母が救い主キリストを生んだ母であるばかりではなく、神様のなさる事に自分を無にして協力されたからです。人間誰でも自分の意に沿わないことは、すすんでやろうとしないものです。しかし、聖母は「神様のお言葉ですから、あなたのお望みのままに」と仰って、神様の意に服されました。私たちの日常の中に、あるいは子どもを育む中で、私たちの理解を越えた事柄に度々接します。「なぜこの子はこんなことを言うのか、なぜこのように振舞うのか、なぜ、私の思うままに成長してくれないのか」等など。聖母の姿勢は、私たちが子どもを育てていく過程の中で遭遇する問いに対する答えであったわけです。私たちも子どもとともに また一つ成長する月でありますように。                             園長 森山 信三